しかしながら、憲法記念日にもかかわらず一部の護憲派はまともな憲法議論ができないことを知り落胆しました。
憲法を改正することは必ずしも9条改正に繋がりません。
9条改正することに反対だから憲法改正に反対というのはおかしな話です。
論理的にも憲法改正議論の中で9条についても改正するかどうかを議論すべきであって、9条改正と憲法改正を同質なものと考えるのは大問題です。
肖像権とかプライバシー権は、現代では憲法13条が保障する幸福追求権を根拠にして新しい人権を導いています。
しかし、このような人権をより保障するためには憲法上明文化すべきだと考えるべきでしょう。
参照として紹介しますが、自由民主党の新憲法草案で明記されている新しい人権は以下の通りです(ウィキペディア参照)。
環境権 - 良好な環境を享受する権利
プライバシー権 - 個人の私生活などを守ることができる権利
知る権利 - 国や地方自治体に情報公開を要求できる権利
知的財産権 - 発明者の権利
犯罪被害者の権利 - 犯罪被害者のための権利
障害者の権利 - 障害者が住みやすい国を創るために必要な権利
上記の権利は国民生活にとって大切な権利であることに反対意見はないと思います。
で、9条について論じると、
「戦争の放棄」については改正する必要はないと思うし、改正論者のほとんども同じ意見でしょう(自民党も)。
問題は、「自衛軍の保持」を明記するかどうかですが、日本には自衛隊という軍隊が存在しており、国際的に名誉ある地位を占めるためにも、憲法上自衛隊を自衛軍として認めるべきでしょう。
護憲派の一部は、9条を改正したら戦争ができる国になると言って猛反対しますが、「戦争の放棄」させ改正しなけば(侵略)戦争は憲法上できないので問題ありません。
そもそも、なぜ9条を改正したらそく戦争することに繋がるのかについては論理的におかしな話であって、このことをことさらに主張する人間は頭の悪い証拠です。
あと日本と米帝の関係を問題とする話も有りますが、そもそも国民の生命身体、財産を保障するという国に責務である国防を他の国に任せているのが問題なのであって、自衛軍を持つことは少なくとも米帝から軍事面の独立といった要素があると思います。
最初にもいいましたが9条改正に反対だから憲法改正に反対だというのは、まともな憲法議論ができていない証拠です。
最後に……
憲法とは「国家の組織や統治の基本原理・原則を定める根本規範」です。
したがって、まず問題となるのは、「国家」についてです。
日本国憲法だったら、「日本国」における組織や統治の基本原理・原則を定める根本規範を意味します。
つまり、ある程度の国家論(日本国論)を語れない人間は憲法を議論する前提に欠くということです。
自分のような保守的な人間は、「日本国」の伝統・文化を尊重し、一定の視点から議論することができます。
しかし、極端に反国家的な人間や国家の存在を否定する人間には、そもそも憲法議論をする前提を欠き、その地位にあらずと考えることもできるのではないでしょうか。
憲法記念日ということで、憲法改正を含めた憲法について考えるのはちょうど良い日だと思います。
ちなみに、日本国憲法の成立については
ジェームス三木が書かれている『憲法はまだか』(角川文庫)
がドラマチックに書かれておりオススメです。
以上
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